夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。
儒家には三皇五帝三王此等を天尊と号す諸臣の頭目万民の橋梁なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす、所謂重華はかたくなはしき父をうやまひ沛公は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干は殷の世のほろぶべきを見てしゐて帝をいさめ頭をはねらる、公胤といゐし者は懿公の肝をとつて我が腹をさき肝を入て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿は尭王の師務成は舜王の師大公望は文王の師老子は孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊頭をかたぶけ万民掌をあわす、此等の聖人に三墳五典三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄周公等此れを立つ、二には無の玄老子等三には亦有亦無等荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母未生已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賎苦楽是非得失等は皆自然等云云。
かくのごとく巧に立つといえどもいまだ過去未来を一分もしらず玄とは黒なり幽なりかるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖の人人は聖人なりといえども過去をしらざること凡夫の背を見ず未来をかがみざること盲人の前をみざるがごとし、但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩もうやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此なり、而りといえども過去未来をしらざれば父母主君師匠の後世をもたすけず不知恩の者なりまことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽大師云く「仏教の流化実に茲に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より此の震旦を指して彼と為す」等云云。
二には月氏の外道三目八臂の摩醯首羅天毘紐天此の二天をば一切衆生の慈父悲母又天尊主君と号す、迦毘羅ホ楼僧溯モ娑婆此の三人をば三仙となづく、此等は仏前八百年已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀と号す六万蔵あり、乃至仏出世に当つて六師外道此の外経を習伝して五天竺の王の師となる支流九十五六等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢高きこと非想天にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒家にはにるべくもなし、或は過去二生三生乃至七生八万劫を照見し又兼て未来八万劫をしる、其の所説の法門の極理或は因中有果或は因中無果或は因中亦有果亦無果等云云、此れ外道の極理なり所謂善き外道は五戒十善戒等を持つて有漏の禅定を修し上色無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫のごとくせめのぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留るものなし而れども天を極むる者は永くかへらずとをもえり、各各自師の義をうけて堅く執するゆへに或は冬寒に一日に三度恒河に浴し或は髪をぬき或は巌に身をなげ或は身を火にあぶり或は五処をやく或は裸形或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事諸天の帝釈をうやまい諸臣の皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法九十五種善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。
三には大覚世尊は此一切衆生の大導師大眼目大橋梁大船師大福田等なり、外典外道の四聖三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷こゑがたし我が大師は変易猶をわたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の根本猶をかたぶけ給へり況や見思枝葉の惑をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間一代の聖教を説き給へり、一字一句皆真言なり一文一偈妄語にあらず外典外道の中の聖賢の言すらいうことあやまりなし事と心と相符へり況や仏陀は無量曠劫よりの不妄語の人されば一代五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人の実語なるべし、初成道の始より泥。の夕にいたるまで説くところの所説皆真実なり。
但し仏教に入て五十余年の経経八万法蔵を勘たるに小乗あり大乗あり権経あり実経あり顕教密教ュ語語実語妄語正見邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教主釈尊の正言なり三世十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の年限を指して其の内の恒河の諸経を未顕真実八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏来集して長舌を梵天に付く此の言赫赫たり明明たり晴天の日よりもあきらかに夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐うべし。
但し此の経に二箇の大事あり倶舎宗成実宗律宗法相宗三論宗等は名をもしらず華厳宗と真言宗との二宗は偸に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり、竜樹天親知つてしかもいまだひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。
一念三千は十界互具よりことはじまれり、法相と三論とは八界を立てて十界をしらず況や互具をしるべしや、倶舎成実律宗等は阿含経によれり六界を明めて四界をしらず、十方唯有一仏と云つて一方有仏だにもあかさず、一切有情悉有仏性とこそとかざらめ一人の仏性猶ゆるさず、而るを律宗成実宗等の十方有仏有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗に盗み入れたるなるべし、例せば外典外道等は仏前の外道は執見あさし仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧の心出現して仏教を盗み取り自宗に入れて邪見もつともふかし、附仏教学仏法成等これなり、外典も又又かくのごとし漢土に仏法いまだわたらざりし時の儒家道家はいういうとして嬰児のごとくはかなかりしが後漢已後に釈教わたりて対論の後釈教やうやく流布する程に釈教の僧侶破戒のゆへに或は還俗して家にかへり或は俗に心をあはせ儒道の内に釈教を盗み入れたり、止観の第五に云く「今世多く悪魔の比丘有つて戒を退き家に還り駈策を懼畏して更に道士に越済す、復た名利を邀て荘老を誇談し仏法の義を以て偸んで邪典に安き高を押して下に就け尊を摧いて卑に入れ概して平等ならしむ」云云、弘に云く「比丘の身と作つて仏法を破滅す若しは戒を退き家に還るは衛の元嵩等が如し、即ち在家の身を以て仏法を破壊す、此の人正教を偸竊して邪典に助添す、押高等とは道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ義是の理無し、曾つて仏法に入つて正を偸んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下きに就け用つて彼の典の邪鄙の教を釈するを摧尊入卑と名く」等云云、此の釈を見るべし次上の心なり。
仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪典やぶれて内典立つ、内典に南三北七の異執をこりて蘭菊なりしかども陳隋の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後法相宗真言宗天竺よりわたり華厳宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向天台宗に敵を成す宗法門水火なり、しかれども玄奘三蔵慈恩大師委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をばすてねども其の心天台に帰伏すと見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経権宗なり善無畏三蔵金剛智三蔵天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりとうちをもう、華厳宗は澄観が時華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず。
日本我朝には華厳等の六宗天台真言已前にわたりけり、華厳三論法相諍論水火なりけり、伝教大師此の国にいでて六宗の邪見をやぶるのみならず真言宗が天台の法華経の理を盗み取て自宗の極とする事あらはれをはんぬ、伝教大師宗宗の人師の異執をすてて専ら経文を前として責めさせ給しかば六宗の高徳八人十二人十四人三百余人並に弘法大師等せめをとされて日本国一人もなく天台宗に帰伏し南都東寺日本一州の山寺皆叡山の末寺となりぬ、又漢土の諸宗の元祖の天台に帰伏して謗法の失をまぬかれたる事もあらはれぬ、又其の後やうやく世をとろへ人の智あさくなるほどに天台の深義は習うしないぬ、他宗の執心は強盛になるほどにやうやく六宗七宗に天台宗をとされてよわりゆくかのゆへに結句は六宗七宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗浄土宗にをとされて始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる、結句は天台宗の碩徳と仰がる人人みなをちゆきて彼の邪宗をたすく、さるほどに六宗八宗の田畠所領みなたをされ正法失せはてぬ天照太神正八幡山王等諸の守護の諸大善神も法味をなめざるか国中を去り給うかの故に悪鬼便を得て国すでに破れなんとす。
此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者もゆるし我が身にもさもやとうちをぼうる事は二乗作仏久遠実成なるべし、法華経の現文を拝見するに舎利弗は華光如来迦葉は光明如来須菩提は名相如来迦旃延は閻浮那提金光如来目連は多摩羅跋栴檀香仏富楼那は法明如来阿難は山海慧自在通王仏羅ョ羅は蹈七宝華如来五百七百は普明如来学無学二千人は宝相如来摩訶波闍波提比丘尼耶輸多羅比丘尼等は一切衆生喜見如来具足千万光相如来等なり、此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きやうなれども爾前の経経を披見の時はけをさむる事どもをほし、其の故は仏世尊は実語の人なり故に聖人大人と号す、外典外道の中の賢人聖人天仙なんど申すは実語につけたる名なるべし此等の人人に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは申すぞかし、此の大人「唯以一大事因縁故出現於世」となのらせ給いて「未だ真実を顕さず世尊は法久しうして後要ず当に真実を説くべし正直に方便を捨て」等云云、多宝仏証明を加え分身舌を出す等は舎利弗が未来の華光如来迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑網をなすべき。
而れども爾前の諸経も又仏陀の実語なり大方広仏華厳経に云く「如来の知慧大薬王樹は唯二処に於て生長して利益を為作すこと能わず、所謂二乗の無為広大の深坑に堕つると及び善根を壊る非器の衆生は大邪見貪愛の水に溺るるとなり」等云云、此の経文の心は雪山に大樹あり無尽根となづく此を大薬王樹と号す、閻浮提の諸木の中の大王なり此の木の高さは十六万八千由旬なり、一閻浮提の一切の草木は此の木の根ざし枝葉華菓の次第に随つて華菓なるなるべし、此の木をば仏の仏性に譬へたり一切衆生をば一切の草木にたとう、但し此の大樹は火坑と水輪の中に生長せず、二乗の心中をば火坑にたとえ一闡提人の心中をば水輪にたとえたり、此の二類は永く仏になるべからずと申す経文なり、大集経に云く「二種の人有り必ず死して活きず畢竟して恩を知り恩を報ずること能わず、一には声聞二には縁覚なり、譬えば人有りて深坑に堕墜し是の人自ら利し他を利すること能わざるが如く声聞縁覚も亦復是くの如し、解脱の坑に堕して自ら利し及以び他を利すること能わず」等云云、外典三千余巻の所詮に二つあり所謂孝と忠となり忠も又孝の家よりいでたり、孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず又孝とは厚なり地あつけれども孝よりは厚からず、聖賢の二類は孝の家よりいでたり何に況や仏法を学せん人知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし、其の上舎利弗迦葉等の二乗は二百五十戒三千の威儀持整して味浄無漏の三静慮阿含経をきわめ三界の見思を尽せり知恩報恩の人の手本なるべし、然るを不知恩の人なりと世尊定め給ぬ、其の故は父母の家を出て出家の身となるは必ず父母をすくはんがためなり、二乗は自身は解脱とをもえども利他の行かけぬ設い分分の利他ありといえども父母等を永不成仏の道に入るればかへりて不知恩の者となる。
維摩経に云く「維摩詰又文殊師利に問う何等をか如来の種と為す、答えて曰く一切塵労の疇は如来の種と為る、五無間を以て具すと雖も猶能く此の大道意を発す」等云云、又云く「譬えば族姓の子高原陸土には青蓮芙蓉衡華を生ぜず卑湿汚田乃ち此の華を生ずるが如し」等云云、又云く「已に阿羅漢を得て応真と為る者は終に復道意を起して仏法を具すること能わざるなり、根敗の士其の五楽に於て復利すること能わざるが如し」等云云、文の心は貪瞋癡等の三毒は仏の種となるべし殺父等の五逆罪は仏種となるべし高原の陸土には青蓮華生ずべし、二乗は仏になるべからず、いう心は二乗の諸善と凡夫の悪と相対するに凡夫の悪は仏になるとも二乗の善は仏にならじとなり、諸の小乗経には悪をいましめ善をほむ、此の経には二乗の善をそしり凡夫の悪をほめたり、かへつて仏経ともをぼへず外道の法門のやうなれども詮するところは二乗の永不成仏をつよく定めさせ給うにや、方等陀羅尼経に云く「文殊舎利弗に語らく猶枯樹の如く更に華を生ずるや不や亦山水の如く本処に還るや不や折石還つて合うや不や焦種芽を生ずるや不や、舎利弗の言く不なり、文殊の言く若し得べからずんば云何ぞ我に菩提の記を得るを問うて心に歓喜を生ずるや」等云云、文の心は枯れたる木華さかず山水山にかへらず破れたる石あはずいれる種をいず、二乗またかくのごとし仏種をいれり等となん。
大品般若経に云く「諸の天子今未だ三菩提心を発さずんば応に発すべし、若し声聞の正位に入れば是の人能く三菩提心を発さざるなり、何を以ての故に生死の為に障隔を作す故」等云云、文の心は二乗は菩提心ををこさざれば我随喜せじ諸天は菩提心ををこせば我随喜せん、首楞厳経に云く「五逆罪の人是の首楞厳三昧を聞いて阿耨菩提心を発せば還つて仏と作るを得、世尊漏尽の阿羅漢は猶破器の如く永く是の三昧を受くるに堪忍せず」等云云、浄名経に云く「其れ汝に施す者は福田と名けず、汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は迦葉舎利弗等の聖僧を供養せん人天等は必ず三悪道に堕つべしとなり、此等の聖僧は仏陀を除きたてまつりては人天の眼目一切衆生の導師とこそをもひしに幾許の人天大会の中にしてかう度度仰せられしは本意なかりし事なり只詮するところは我が御弟子を責めころさんとにや、此の外牛驢の二乳瓦器金器螢火日光等の無量の譬をとつて二乗を呵嘖せさせ給き、一言二言ならず一日二日ならず一月二月ならず一年二年ならず一経二経ならず、四十余年が間無量無辺の経経に無量の大会の諸人に対して一言もゆるし給う事もなくそしり給いしかば世尊の不妄語なりと我もしる人もしる天もしる地もしる、一人二人ならず百千万人三界の諸天竜神阿修羅五天四洲六欲色無色十方世界より雲集せる人天二乗大菩薩等皆これをしる又皆これをきく、各各国国へ還りて娑婆世界の釈尊の説法を彼れ彼れの国国にして一一にかたるに十方無辺の世界の一切衆生一人もなく迦葉舎利弗等は永不成仏の者供養してはあしかりぬべしとしりぬ。
而るを後八年の法華経に忽に悔還して二乗作仏すべしと仏陀とかせ給はんに人天大会信仰をなすべしや、用ゆべからざる上先後の経経に疑網をなし五十余年の説教皆虚妄の説となりなん、されば四十余年未顕真実等の経文はあらませしか天魔の仏陀と現じて後八年の経をばとかせ給うかと疑網するところにげにげにしげに劫国名号と申して二乗成仏の国をさだめ劫をしるし所化の弟子なんどを定めさせ給へば教主釈尊の御語すでに二言になりぬ自語相違と申すはこれなり、外道が仏陀を大妄語の者と咲いしことこれなり、人天大会けをさめてありし程に爾の時に東方宝浄世界の多宝如来高さ五百由旬広さ二百五十由旬の大七宝塔に乗じて教主釈尊の人天大会に自語相違をせめられてとのべかうのべさまざまに宣べさせ給いしかども不審猶をはるべしともみへずもてあつかいてをはせし時仏前に大地より涌現して虚空にのぼり給う、例せば暗夜に満月の東山より出づるがごとし七宝の塔大虚にかからせ給いて大地にもつかず大虚にも付かせ給はず天中に懸りて宝塔の中より梵音声を出して証明して云く「爾の時に宝塔の中より大音声を出して歎めて云く、善哉善哉釈迦牟尼世尊能く平等大慧教菩薩法仏所護念の妙法華経を以て大衆の為に説きたもう、是くの如し是くの如し、釈迦牟尼世尊の所説の如きは皆是れ真実なり」等云云、又云く「爾の時に世尊文殊師利等の無量百千万億旧住娑婆世界の菩薩乃至人非人等一切の衆の前に於て大神力を現じたもう、広長舌を出して上み梵世に至らしめ一切の毛孔より乃至十方世界衆の宝樹の下の師子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し無量の光を放ちたもう」等云云、又云く「十方より来りたまえる諸の分身の仏をして各本土に還らしめ乃至多宝仏の塔も還つて故の如くし給うべし」等云云、大覚世尊初成道の時諸仏十方に現じて釈尊を慰諭し給う上諸の大菩薩を遣しき、般若経の御時は釈尊長舌を三千にをほひ千仏十方に現じ給い金光明経には四方の四仏現せり、阿弥陀経には六方の諸仏舌を三千にををう、大集経には十方の諸仏菩薩大宝坊にあつまれり、此等を法華経に引き合せてかんがうるに黄石と黄金と白雲と白山と白冰と銀鏡と黒色と青色とをば翳眼の者眇目の者一眼の者邪眼の者はみたがへつべし、華厳経には先後の経なければ仏語相違なしなににつけてか大疑いで来べき、大集経大品経金光明経阿弥陀経等は諸小乗経の二乗を弾呵せんがために十方に浄土をとき凡夫菩薩を欣慕せしめ二乗をわずらはす、小乗経と諸大乗経と一分の相違あるゆへに或は十方に仏現じ給ひ或は十方より大菩薩をつかはし或は十方世界にも此の経をとくよしをしめし或は十方より諸仏あつまり給う或は釈尊舌を三千にをほひ或は諸仏の舌をいだすよしをとかせ給う、此ひとえに諸小乗経の十方世界唯有一仏ととかせ給いしをもひをやぶるなるべし、法華経のごとくに先後の諸大乗経と相違出来して舎利弗等の諸の声聞大菩薩人天等に将非魔作仏とをもはれさせ給う大事にはあらず、而るを華厳法相三論真言念仏等の翳眼の輩彼彼の経経と法華経とは同じとうちをもへるはつたなき眼なるべし。
但在世は四十余年をすてて法華経につき候ものもやありけん、仏滅後に此の経文を開見して信受せんことかたかるべし、先ず一つには爾前の経経は多言なり法華経は一言なり爾前の経経は多経なり此の経は一経なり彼彼の経経は多年なり此の経は八年なり、仏は大妄語の人永く信ずべからず不信の上に信を立てば爾前の経経は信ずる事もありなん法華経は永く信ずべからず、当世も法華経をば皆信じたるやうなれども法華経にてはなきなり、其の故は法華経と大日経と法華経と華厳経と法華経と阿弥陀経と一なるやうをとく人をば悦んで帰依し別別なるなんど申す人をば用いずたとい用ゆれども本意なき事とをもへり。
日蓮云く日本に仏法わたりてすでに七百余年但伝教大師一人計り法華経をよめりと申すをば諸人これを用いず、但し法華経に云く「若し須弥を接つて他方の無数の仏土に擲置かんも亦未だ為難しとせず、乃至若し仏滅後に悪世中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、日蓮が強義経文に普合せり法華経の流通たる涅槃経に末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし正法の者は爪上の土のごとしととかれて候はいかんがし候べき、日本の諸人は爪上の土か日蓮は十方の土かよくよく思惟あるべし、賢王の世には道理かつべし愚主の世に非道先をすべし、聖人の世に法華経の実義顕るべし等と心うべし、此の法門は迹門と爾前と相対して爾前の強きやうにをぼゆもし爾前つよるならば舎利弗等の諸の二乗は永不成仏の者なるべしいかんがなげかせ給うらん。
二には教主釈尊は住劫第九の減人寿百歳の時師子頬王には孫浄飯王には嫡子童子悉達太子一切義成就菩薩これなり、御年十九の御出家三十成道の世尊始め寂滅道場にして実報華王の儀式を示現して十玄六相法界円融頓極微妙の大法を説き給い十方の諸仏も顕現し一切の菩薩も雲集せり、土といひ機といひ諸仏といひ始めといひ何事につけてか大法を秘し給うべき、されば経文には顕現自在力演説円満経等云云、一部六十巻は一字一点もなく円満経なり、譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同じ一珠も万宝を尽して雨し万珠も万宝を尽すがごとし、華厳経は一字も万字も但同事なるべし、心仏及衆生の文は華厳宗の肝心なるのみならず法相三論真言天台の肝要とこそ申し候へ、此等程いみじき御経に何事をか隠すべき、なれども二乗闡提不成仏ととかれしは珠のきずとみゆる上三処まで始成正覚となのらせ給いて久遠実成の寿量品を説きかくさせ給いき、珠の破たると月に雲のかかれると日の蝕したるがごとし不思議なりしことなり、阿含方等般若大日経等は仏説なればいみじき事なれども華厳経にたいすればいうにかいなし、彼の経に秘せんこと此等の経経にとかるべからず、されば雑阿含経に云く「初め成道」等云云、大集経に云く「如来成道始め十六年」等云云、浄名経に云く「始め仏樹に坐して力めて魔を降す」等云云、大日経に云く「我昔道場に坐して」等云云、仁王般若経に云く「二十九年」等云云。
此等は言うにたらず只耳目ををどろかす事は無量義経に華厳経の唯心法界方等般若経の海印三昧混同無二等の大法をかきあげて或は未顕真実或は歴劫修行等下す程の御経に我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たりと初成道の華厳経の始成の文に同せられし不思議と打ち思うところに此は法華経の序分なれば正宗の事をいはずもあるべし、法華経の正宗略開三広開三の御時唯仏与仏及能究尽諸法実相等世尊法久後等正直捨方便等多宝仏迹門八品を指して皆是真実と証明せられしに何事をか隠すべきなれども久遠寿量をば秘せさせ給いて我始め道場に坐し樹を観じて亦経行す等云云、最第一の大不思議なり、されば弥勒菩薩涌出品に四十余年の未見今見の大菩薩を仏爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ等ととかせ給いしを疑つて云く「如来太子為りし時釈の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまえり、是より已来始めて四十余年を過ぎたり世尊云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作したまえる」等云云、教主釈尊此等の疑を晴さんがために寿量品をとかんとして爾前迹門のききを挙げて云く「一切世間の天人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり」等と云云、正しく此の疑を答えて云く「然るに善男子我実に成仏してより已来無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云。
華厳乃至般若大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成を説きかくさせ給へり、此等の経経に二つの失あり、一には行布を存するが故に仍お未だ権を開せずとて迹門の一念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門の久遠をかくせり、此等の二つの大法は一代の綱骨一切経の心髄なり、迹門方便品は一念三千二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり、しかりといえどもいまだ発迹顕本せざればまことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし根なし草の波の上に浮べるににたり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて真の十界互具百界千如一念三千なるべし、かうてかへりみれば華厳経の台上十方阿含経の小釈迦方等般若の金光明経の阿弥陀経の大日経等の権仏等は此の寿量の仏の天月しばらく影を大小の器にして浮べ給うを諸宗の学者等近くは自宗に迷い遠くは法華経の寿量品をしらず水中の月に実の月の想いをなし或は入つて取らんとをもひ或は縄をつけてつなぎとどめんとす、天台云く「天月を識らず但池月を観ず」等云云。
日蓮案じて云く二乗作仏すら猶爾前づよにをぼゆ、久遠実成は又にるべくもなき爾前づりなり、其の故は爾前法華相対するに猶爾前こわき上爾前のみならず迹門十四品も一向に爾前に同ず、本門十四品も涌出寿量の二品を除いては皆始成を存せり、雙林最後の大般涅槃経四十巻其の外の法華前後の諸大経に一字一句もなく法身の無始無終はとけども応身報身の顕本はとかれず、いかんが広博の爾前本迹涅槃等の諸大乗経をばすてて但涌出寿量の二品には付くべき。
されば法相宗と申す宗は西天の仏滅後九百年に無著菩薩と申す大論師有しき、夜は都率の内院にのぼり弥勒菩薩に対面して一代聖教の不審をひらき昼は阿輸舎国にして法相の法門を弘め給う、彼の御弟子は世親護法難陀戒賢等の大論師なり、戒日大王頭をかたぶけ五天幢を倒して此れに帰依す、尸那国の玄奘三蔵月氏にいたりて十七年印度百三十余の国国を見ききて諸宗をばふりすて此の宗を漢土にわたして太宗皇帝と申す賢王にさづけ給い肪尚光基を弟子として大慈恩寺並に三百六十余箇国に弘め給い、日本国には人王三十七代孝徳天皇の御宇に道慈道昭等ならいわたして山階寺にあがめ給へり、三国第一の宗なるべし、此の宗の云く始め華厳経より終り法華涅槃経にいたるまで無性有情と決定性の二乗は永く仏になるべからず、仏語に二言なし一度永不成仏と定め給いぬる上は日月は地に落ち給うとも大地は反覆すとも永く変改有べからず、されば法華経涅槃経の中にも爾前の経経に嫌いし無性有情決定性を正くついさして成仏すとはとかれず、まづ眼を閉じて案ぜよ法華経涅槃経に決定性無性有情正く仏になるならば無著世親ほどの大論師玄奘慈恩ほどの三蔵人師これをみざるべしや此をのせざるべしやこれを信じて伝えざるべしや、弥勒菩薩に問いたてまつらざるべしや、汝は法華経の文に依るやうなれども天台妙楽伝教の僻見を信受して其の見をもつて経文をみるゆえに爾前に法華経は水火なりと見るなり、華厳宗と真言宗は法相三論にはにるべくもなき超過の宗なり、二乗作仏久遠実成は法華経に限らず華厳経大日経に分明なり、華厳宗の杜順智儼法蔵澄観真言宗の善無畏金剛智不空等は天台伝教にはにるべくもなき高位の人なり、其の上善無畏等は大日如来より系みだれざる相承あり、此等の権化の人いかでかワりあるべき、随つて華厳経には「或は釈迦仏道を成じ已つて不可思議劫を経るを見る」等云云、大日経には「我れは一切の本初なり」等云云、何ぞ但久遠実成寿量品に限らん、譬へば井底の蝦が大海を見ず山左が洛中をしらざるがごとし、汝但寿量の一品を見て華厳大日経等の諸経をしらざるか、其の上月氏尸那新羅百済等にも一同に二乗作仏久遠実成は法華経に限るというか。
されば八箇年の経は四十余年の経経には相違せりというとも先判後判の中には後判につくべしというとも猶爾前づりにこそをぼうれ、又、但在世計りならばさもあるべきに滅後に居せる論師人師多は爾前づりにこそ候へ、かう法華経は信じがたき上、世もやうやく末になれば聖賢はやうやくかくれ迷者はやうやく多し、世間の浅き事すら猶あやまりやすし何に況や出世の深法ワなかるべしや、犢子方広が聡敏なりし猶を大小乗経にあやまてり、無垢摩沓が利根なりし権実二教を弁えず、正法一千年の内、在世も近く月氏の内なりしすでにかくのごとし、況や尸那日本等は国もへだて音もかはれり人の根も鈍なり寿命も日あさし貪瞋癡も倍増せり、仏世を去つてとし久し仏経みなあやまれり誰れの智解か直かるべき、仏涅槃経に記して云く「末法には正法の者は爪上の土謗法の者は十方の土」とみへぬ、法滅尽経に云く「謗法の者は恒河沙正法の者は一二の小石」と記しをき給う、千年五百年に一人なんども正法の者ありがたからん、世間の罪に依つて悪道に堕る者は爪上の土仏法によつて悪道に堕る者は十方の土俗よりも僧女より尼多く悪道に堕つべし。
此に日蓮案じて云く世すでに末代に入つて二百余年辺土に生をうけ其の上下賎其の上貧道の身なり、輪回六趣の間人天の大王と生れて万民をなびかす事大風の小木の枝を吹くがごとくせし時も仏にならず、大小乗経の外凡内凡の大菩薩と修しあがり一劫二劫無量劫を経て菩薩の行を立てすでに不退に入りぬべかりし時も強盛の悪縁におとされて仏にもならず、しらず大通結縁の第三類の在世をもれたるか久遠五百の退転して今に来れるか、法華経を行ぜし程に世間の悪縁王難外道の難小乗経の難なんどは忍びし程に権大乗実大乗経を極めたるやうなる道綽善導法然等がごとくなる悪魔の身に入りたる者法華経をつよくほめあげ機をあながちに下し理深解微と立て未有一人得者千中無一等とすかししものに無量生が間恒河沙の度すかされて権経に堕ちぬ権経より小乗経に堕ちぬ外道外典に堕ちぬ結句は悪道に堕ちけりと深く此れをしれり、日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり。
これを一言も申し出すならば父母兄弟師匠に国主の王難必ず来るべし、いはずば慈悲なきににたりと思惟するに法華経涅槃経等に此の二辺を合せ見るにいはずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしとしりぬ、二辺の中にはいうべし、王難等出来の時は退転すべくは一度に思ひ止るべしと且くやすらいし程に宝塔品の六難九易これなり、我等程の小力の者須弥山はなぐとも我等程の無通の者乾草を負うて劫火にはやけずとも我等程の無智の者恒沙の経経をばよみをぼうとも法華経は一句一偈も末代に持ちがたしととかるるはこれなるべし、今度強盛の菩提心ををこして退転せじと願しぬ。
既に二十余年が間此の法門を申すに日日月月年年に難かさなる、少少の難はかずしらず大事の難四度なり二度はしばらくをく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひわづかの聴聞の俗人なんど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし。
法華経の第四に云く「而も此経は如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」等云云、第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、又云く「諸の無智の人の悪口罵詈する有らん」等、又云く「国王大臣婆羅門居士に向つて誹謗し我が悪を説いて是れ邪見の人なりと謂わん」と、又云く「数数擯出見れん」等云云、又云く「杖木瓦石もて之を打擲せん」等云云、涅槃経に云く「爾の時に多く無量の外道有つて和合して共に摩訶陀の王阿闍世の所に往き、今は唯一の大悪人有り瞿曇沙門なり、一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属と為つて能く善を修せず、呪術の力の故に迦葉及び舎利弗目ヲ連を調伏す」等云云、天台云く「何に況や未来をや理化し難きに在るなり」等云云、妙楽云く「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く」等云云、南三北七の十師漢土無量の学者天台を怨敵とす、得一云く「咄かな智公汝は是れ誰が弟子ぞ三寸に足らざる舌根を以て覆面舌の所説を謗ずる」等云云、東春に云く「問う在世の時許多の怨嫉あり仏滅度の後此経を説く時何が故ぞ亦留難多きや、答えて云く俗に良薬口に苦しと云うが如く此経は五乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ、故に凡を斥け聖を呵し大を排い小を破り天魔を銘じて毒虫と為し外道を説いて悪鬼と為し執小を貶して貧賎と為し菩薩を挫きて新学と為す、故に天魔は聞くを悪み外道は耳に逆い二乗は驚怪し菩薩は怯行す、此くの如きの徒悉く留難を為す多怨嫉の言豈唐しからんや」等云云、顕戒論に云く「僧統奏して曰く西夏に鬼弁婆羅門有り東土に巧言を吐く禿頭沙門あり、此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑す」等云云、論じて曰く「昔斉朝の光統に聞き今は本朝の六統に見る、実なるかな法華に何況するをや」等云云、秀句に云く「代を語れば則ち像の終り末の始め地を尋ぬれば則ち唐の東羯の西人を原ぬれば則ち五濁の生闘諍の時なり、経に云く猶多怨嫉況滅度後此の言良に以有るなり」等云云、夫れ小児に灸治を加れば必ず母をあだむ重病の者に良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう、在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし、像法の中には天台一人法華経一切経をよめり、南北これをあだみしかども陳隋二代の聖主眼前に是非を明めしかば敵ついに尽きぬ、像の末に伝教一人法華経一切経を仏説のごとく読み給へり、南都七大寺蜂起せしかども桓武乃至嵯峨等の賢主我と明らめ給いしかば又事なし、今末法の始め二百余年なり況滅度後のしるしに闘諍の序となるべきゆへに非理を前として濁世のしるしに召し合せられずして流罪乃至寿にもをよばんとするなり、
されば日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし、定んで天の御計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸天善神等の此の国をすてて去り給えるかかたがた疑はし、而るに法華経の第五の巻勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずばほとをど世尊は大妄語の人八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし、経に云く「諸の無智の人あつて悪口罵詈等し刀杖瓦石を加う」等云云、今の世を見るに日蓮より外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は妄語となりぬ、「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲」又云く「白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し」此等の経文は今の世の念仏者禅宗律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、常在大衆中乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等日蓮を讒奏して流罪せずば此の経文むなし、又云く「数数見擯出」等云云、日蓮法華経のゆへに度度ながされずば数数の二字いかんがせん、此の二字は天台伝教もいまだよみ給はず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖悪世中の金言のあふゆへに但日蓮一人これをよめり、例せば世尊が付法蔵経に記して云く「我が滅後一百年に阿育大王という王あるべし」摩耶経に云く「我が滅後六百年に竜樹菩薩という人南天竺に出ずべし」大悲経に云く「我が滅後六十年に末田地という者地を竜宮につくべし」此れ等皆仏記のごとくなりき、しからずば誰か仏教を信受すべき、而るに仏恐怖悪世然後末世末法滅時後五百歳なんど正妙の二本に正しく時を定め給う、当世法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん、南三北七七大寺等猶像法の法華経の敵の内何に況や当世の禅律念仏者等は脱るべしや、経文に我が身普合せり御勘気をかほればいよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申してつくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦をうくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、此れも又かくのごとし当時の責はたうべくもなけれども未来の悪道を脱すらんとをもえば悦びなり。
但し世間の疑といゐ自心の疑と申しいかでか天扶け給わざるらん、諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者にはさるになりとも法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓言をとげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身法華経の行者にあらざるか、此の疑は此の書の肝心一期の大事なれば処処にこれをかく上疑を強くして答をかまうべし。
季札といひし者は心のやくそくをたがへじと王の重宝たる剣を徐君が墓にかく王寿と云いし人は河の水を飲んで金の鵞目を水に入れ公胤といひし人は腹をさいて主君の肝を入る此等は賢人なり恩をほうずるなるべし、況や舎利弗迦葉等の大聖は二百五十戒三千の威儀一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり、梵帝諸天の導師一切衆生の眼目なり、而るに四十余年が間永不成仏と嫌いすてはてられてありしが法華経の不死の良薬をなめて」種の生い破石の合い枯木の華菓なんどならんとせるがごとく仏になるべしと許されていまだ八相をとなえずいかでか此の経の重恩をばほうぜざらん、若しほうぜずば彼彼の賢人にもをとりて不知恩の畜生なるべし、毛宝が亀はあをの恩をわすれず昆明池の大魚は命の恩をほうぜんと明珠を夜中にささげたり、畜生すら猶恩をほうず何に況や大聖をや、阿難尊者は斛飯王の次男羅ョ羅尊者は浄飯王の孫なり、人中に家高き上証果の身となつて成仏ををさへられたりしに八年の霊山の席にて山海慧ミ七宝華なんと如来の号をさづけられ給う、若し法華経ましまさずばいかにいえたかく大聖なりとも誰か恭敬したてまつるべき、夏の桀殷の紂と申すは万乗の主土民の帰依なり、しかれども政あしくして世をほろぼせしかば今にわるきものの手本には桀紂桀紂とこそ申せ、下賎の者癩病の者も桀紂のごとしといはれぬればのられたりと腹たつなり、千二百無量の声聞は法華経ましまさずば誰か名をも、きくべき其の音をも習うべき、一千の声聞一切経を結集せりとも見る人よもあらじ、まして此等の人人を絵像木像にあらはして本尊と仰ぐべしや、此偏に法華経の御力によつて一切の羅漢帰依せられさせ給うなるべし、諸の声聞法華をはなれさせ給いなば魚の水をはなれ猿の木をはなれ小児の乳をはなれ民の王をはなれたるがごとし、いかでか法華経の行者をすて給うべき、諸の声聞は爾前の経経にては肉眼の上に天眼慧眼をう法華経にして法眼仏眼備われり、十方世界すら猶照見し給うらん、何に況や此の娑婆世界の中法華経の行者を知見せられざるべしや、設い日蓮悪人にて一言二言一年二年一劫二劫乃至百千万億劫此等の声聞を悪口罵詈し奉り刀杖を加えまいらする色なりとも法華経をだにも信仰したる行者ならばすて給うべからず、譬へば幼稚の父母をのる父母これをすつるや、梟鳥が母を食う母これをすてず破鏡父をがいす父これにしたがふ、畜生すら猶かくのごとし大聖法華経の行者を捨つべしや、されば四大声聞の領解の文に云く「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に阿羅漢なり諸の世間天人魔梵に於て普く其の中に於て応に供養を受くべし、世尊は大恩まします希有の事を以て憐愍教化して我等を利益し給う、無量億劫にも誰か能く報ずる者あらん手足をもつて供給し頭頂をもつて礼敬し一切をもつて供養すとも皆報ずること能わじ、若しは以て頂戴し両肩に荷負して恒沙劫に於て心を尽して恭敬し又美膳無量の宝衣及び諸の臥具種種の湯薬を以てし、牛頭栴檀及び諸の珍宝を以て塔廟を起て宝衣を地に布き斯くの如き等の事を以用て供養すること恒沙劫に於てすとも亦報ずること能わじ」等云云。
諸の声聞等は前四味の経経にいくそばくぞの呵嘖を蒙り人天大会の中にして恥辱がましき事其の数をしらず、しかれば迦葉尊者のィ泣の音は三千をひびかし須菩提尊者は亡然として手の一鉢をすつ、舎利弗は飯食をはき富楼那は画瓶に糞を入ると嫌わる、世尊鹿野苑にしては阿含経を讃歎し二百五十戒を師とせよなんど慇懃にほめさせ給いて、今又いつのまに我が所説をばかうはそしらせ給うと二言相違の失とも申しぬべし、例せば世尊提婆達多を汝愚人人の唾を食うと罵詈せさせ給しかば毒箭の胸に入るがごとくをもひてうらみて云く「瞿曇は仏陀にはあらず我は斛飯王の嫡子阿難尊者が兄瞿曇が一類なり、いかにあしき事ありとも内内教訓すべし、此等程の人天大会に此程の大禍を現に向つて申すもの大人仏陀の中にあるべしや、されば先先は妻のかたき今は一座のかたき今日よりは生生世世に大怨敵となるべし」と誓いしぞかし、此れをもつて思うに今諸の大声聞は本と外道婆羅門の家より出でたり、又諸の外道の長者なりしかば諸王に帰依せられ諸檀那にたつとまる、或は種姓高貴の人もあり或は富福充満のやからもあり、而るに彼彼の栄官等をうちすて慢心の幢を倒して俗服を脱ぎ壊色の糞衣を身にまとひ白払弓箭等をうちすてて一鉢を手ににぎり貧人乞丐なんどのごとくして世尊につき奉り風雨を防ぐ宅もなく身命をつぐ衣食乏少なりしありさまなるに五天四海皆外道の弟子檀那なれば仏すら九横の大難にあひ給ふ、所謂提婆が大石をとばせし阿闍世王の酔象を放ちし阿耆多王の馬麦婆羅門城のこんづせんしや婆羅門女が鉢を腹にふせし、何に況や所化の弟子の数難申す計りなし、無量の釈子は波瑠璃王に殺され千万の眷属は酔象にふまれ、華色比丘尼は提婆にがいせられ迦廬提尊者は馬糞にうづまれ目ヲ尊者は竹杖にがいせらる、其の上六師同心して阿闍世婆斯匿王等に讒奏して云く「瞿曇は閻浮第一の大悪人なり、彼がいたる処は三災七難を前とす、大海の衆流をあつめ大山の衆木をあつめたるがごとし、瞿曇がところには衆悪をあつめたり、所謂迦葉舎利弗目連須菩提等なり、人身を受けたる者は忠孝を先とすべし、彼等は瞿曇にすかされて父母の教訓をも用いず、家をいで王法の宣旨をもそむいて山林にいたる、一国に跡をとどむべき者にはあらず、されば天には日月衆星変をなす地には衆夭さかんなりなんどうつたう、堪べしともおぼえざりしに又うちそうわざわいと仏陀にもうちそいがたくてありしなり、人天大会の衆会の砌にて時時呵嘖の音をききしかばいかにあるべしともおぼへず只あわつる心のみなり、其の上大の大難の第一なりしは浄名経の「其れ汝に施す者は福田と名けず汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は仏菴羅苑と申すところにをはせしに梵天帝釈日月四天三界諸天地神竜神等無数恒沙の大会の中にして云く須菩提等の比丘等を供養せん天人は三悪道に堕つべし、此等をうちきく天人此等の声聞を供養すべしや、詮ずるところは仏の御言を用つて諸の二乗を殺害せさせ給うかと見ゆ、心あらん人人は仏をもうとみぬべし、されば此等の人人は仏を供養したてまつりしついでにこそわづかの身命をも扶けさせ給いしか、されば事の心を案ずるに四十余年の経経のみとかれて法華八箇年の所説なくて御入滅ならせ給いたらましかば誰の人か此等の尊者をば供養し奉るべき現身に餓鬼道にこそをはすべけれ。
而るに四十余年の経経をば東春の大日輪寒冰を消滅するがごとく無量の草露を大風の零落するがごとく一言一時に未顕真実と打ちけし、大風の黒雲をまき大虚に満月の処するがごとく青天に日輪の懸り給うがごとく世尊法久後要当説真実と照させ給いて華光如来光明如来等と舎利弗迦葉等を赫赫たる日輪明明たる月輪のごとく鳳文にしるし亀鏡に浮べられて候へばこそ如来滅後の人天の諸檀那等には仏陀のごとくは仰がれ給しか、水すまば月影ををしむべからず風ふかば草木なびかざるべしや、法華経の行者あるならば此等の聖者は大火の中をすぎても大石の中をとをりてもとぶらはせ給うべし、迦葉の入定もことにこそよれ、いかにとなりぬるぞいぶかしとも申すばかりなし、後五百歳のあたらざるか広宣流布の妄語となるべきか日蓮が法華経の行者ならざるか、法華経を教内と下して別伝と称する大妄語の者をまほり給うべきか、捨閉閣抛と定めて法華経の門をとぢよ巻をなげすてよとゑりつけて法華堂を失える者を守護し給うべきか、仏前の誓いはありしかども濁世の大難のはげしさをみて諸天下り給わざるか、日月天にまします須弥山いまもくづれず海潮も増減す四季もかたのごとくたがはずいかになりぬるやらんと大疑いよいよつもり候。
又諸大菩薩天人等のごときは爾前の経経にして記をうるやうなれども水中の月を取らんとするがごとく影を体とおもうがごとくいろかたちのみあつて実義もなし、又仏の御恩も深くて深からず、世尊初成道の時はいまだ説教もなかりしに法慧菩薩功徳林菩薩金剛幢菩薩金剛蔵菩薩等なんど申せし六十余の大菩薩十方の諸仏の国土より教主釈尊の御前に来り給いて賢首菩薩解脱月等の菩薩の請にをもむいて十住十行十回向十地等の法門を説き給いき、此等の大菩薩の所説の法門は釈尊に習いたてまつるにあらず、十方世界の諸の梵天等も来つて法をとく又釈尊にならいたてまつらず、総じて華厳会座の大菩薩天竜等は釈尊以前に不思議解脱に住せる大菩薩なり、釈尊の過去因位の御弟子にや有るらん十方世界の先仏の御弟子にや有るらん、一代教主始成の正覚の仏の弟子にはあらず、阿含方等般若の時四教を仏の説き給いし時こそやうやく御弟子は出来して候へ、此も又仏の自説なれども正説にはあらず、ゆへいかんとなれば方等般若の別円二教は華厳経の別円二教の義趣をいでず、彼の別円二教は教主釈尊の別円二教にはあらず、法慧等の別円二教なり、此等の大菩薩は人目には仏の御弟子かとは見ゆれども仏の御師ともいゐぬべし、世尊彼の菩薩の所説を聴聞して智発して後重ねて方等般若の別円をとけり、色もかわらぬ華厳経の別円二教なり、されば此等の大菩薩は釈尊の師なり、華厳経に此等の菩薩をかずへて善知識ととかれしはこれなり、善知識と申すは一向師にもあらず一向弟子にもあらずある事なり、蔵通二教は又別円の枝流なり別円二教をしる人必ず蔵通二教をしるべし、人の師と申すは弟子のしらぬ事を教えたるが師にては候なり、例せば仏より前の一切の人天外道は二天三仙の弟子なり、九十五種まで流派したりしかども三仙の見を出でず、教主釈尊もかれに習い伝えて外道の弟子にてましませしが苦行楽行十二年の時苦空無常無我の理をさとり出してこそ外道の弟子の名をば離れさせ給いて無師智とはなのらせ給いしか、又人天も大師とは仰ぎまいらせしか、されば前四味の間は教主釈尊法慧菩薩等の御弟子なり、例せば文殊は釈尊九代の御師と申すがごとし、つねは諸経に不説一字ととかせ給うもこれなり。
仏御年七十二の年摩竭提国霊鷲山と申す山にして無量義経をとかせ給いしに四十余年の経経をあげて枝葉をば其の中におさめて四十余年未顕真実と打消し給うは此なり、此の時こそ諸大菩薩諸天人等はあはてて実義を請せんとは申せしか、無量義経にて実義とをぼしき事一言ありしかどもいまだまことなし、譬へば月の出でんとして其の体東山にかくれて光り西山に及べども諸人月体を見ざるがごとし、法華経方便品の略開三顕一の時仏略して一念三千心中の本懐を宣べ給う、始の事なればほととぎすの初音をねをびれたる者の一音ききたるがやうに月の山の半を出でたれども薄雲のをほへるがごとくかそかなりしを舎利弗等驚いて諸天竜神大菩薩等をもよをして諸天竜神等其の数恒沙の如し仏を求むる諸の菩薩大数八万有り又諸の万億国の転輪聖王の至れる合掌して敬心を以て具足の道を聞かんと欲す等とは請ぜしなり、文の心は四味三教四十余年の間いまだきかざる法門うけ給はらんと請ぜしなり、此の文に具足の道を聞かんと欲すと申すは大経に云く「薩とは具足の義に名く」等云云、無依無得大乗四論玄義記に云く「沙とは訳して六と云う胡法に六を以て具足の義と為すなり」等云云、吉蔵の疏に云く「沙とは翻じて具足と為す」等云云、天台の玄義の八に云く「薩とは梵語此に妙と翻ずるなり」等云云、付法蔵の第十三真言華厳諸宗の元祖本地は法雲自在王如来迹に竜猛菩薩初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云く「薩とは六なり」等云云、妙法蓮華経と申すは漢語なり、月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬と申す、善無畏三蔵の法華経の肝心真言に云く「曩謨三曼陀没駄南[帰命普仏陀]黶m三身如来]阿阿暗悪[開示悟入]薩縛勃陀[一切仏]枳攘[知]娑乞蒭毘耶[見]蓁苙G三娑縛[如虚空性]羅乞叉コ[離塵相也]薩哩達磨[正法]浮陀哩迦[白蓮華]蘇駄覧[経]惹[入]吽[遍]鑁[住]発[歓喜]縛日羅[堅固]乞叉サ[擁護]吽[空無相無願]沙婆訶[決定成就]」此の真言は南天竺の鉄塔の中の法華経の肝心の真言なり、此の真言の中に薩哩達磨と申すは正法なり薩と申すは正なり正は妙なり妙は正なり正法華妙法華是なり、又妙法蓮華経の上に南無の二字ををけり南無妙法蓮華経これなり、妙とは具足六とは六度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうをきかんとをもう、具とは十界互具足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、此の経一部八巻二十八品六万九千三百八十四字一一に皆妙の一字を備えて三十二相八十種好の仏陀なり、十界に皆己界の仏界を顕す妙楽云く「尚仏界を具す、余果も亦然り」等云云、仏此れを答えて云く、「衆生をして仏知見を開か令めんと欲す」等云云、衆生と申すは舎利弗衆生と申すは一闡提衆生と申すは九法界衆生無辺誓願度此に満足す、「我本誓願を立つ一切の衆をして我が如く等しくして異なること無からしめんと欲す我が昔の願せし所の如き今は已に満足しぬ」等云云。
諸大菩薩諸天等此の法門をきひて領解して云く「我等昔より来数世尊の説を聞きたてまつれども未だ曾て是の如き深妙の上法を聞かず」等云云、伝教大師云く「我等昔より来数世尊の説を聞くと謂うは昔法華経の前華厳等の大法を説くを聞けどもとなり、未だ曾て是くの如き深妙の上法を聞かずと謂うは未だ法華経の唯一仏乗の教を聞かざるなり」等云云、華厳方等般若深密大日等の恒河沙の諸大乗経はいまだ一代の肝心たる一念三千の大綱骨髄たる二乗作仏久遠実成等をいまだきかずと領解せり。